今日は本当に寒いですね。
風が強くて。
そんな中だったのですが、今月から前にもちらっと書いたランニングクラブに入部(学生みたいだなぁ)したので、さっそく練習に参加してきました。
一ヶ月ほど前、GPS機能付心拍計を購入(これも書きましたね)、普段ジムで走るのがほとんどなので、屋外でまともにGPS機能を使った事が無く、今日が実質のGPSデビュー。
やばいです。面白すぎます。
ごーごる地球さまによると、今日の走った軌跡はこんなん。クリックで拡大。

まず、左上の丸いドーナツみたいな東京体育館を出発した所で、GPSをオン。
その後、国立競技場を右に見ながら、絵画館前の周回道路に到着。
楕円の中、横にストレートな道が走ってますが、ここは道幅が広く、車が入れないので、グループ練習に最適。
ここでランの色々なドリルを練習後、一周約2kの周回道路へ。
神宮球場〜信濃町駅前と、都心の道路なんですけど、緑が多くて良いところです。
皇居もランニングの聖地ですけど、こちらの方がのんびり走ってるランナーが多くてほんわかムードですね〜。
途中、赤い線がストレートにとんでますが、別にそのように走ったわけじゃなくて、start、stopを間違えて押しちゃったんです。
Lapは1kmごとに刻むように設定してます。
今日の走行距離、5,3kなんですが、なんかあってませんね。爆。
何かが(多分あたし)が間違ってると思うのですが、不明。そう言うこともある。
いやいやいや、こんな風に表示されちゃうと、めちゃくちゃモチベーション上がりまくります。
やっぱガジェット好きにさらに一票。
そして、オタク的な面もあることに気が付き、かなーり自分を面白がってます。
通勤で総武線を使ってるからかな。
朝、このように走ってお昼過ぎに帰宅したら、何となく頭が痛い。
また発熱でございます。
この冬二回目。
今日は素潜りクラブの新年会だというのに。。
さっき起きて、新年会の欠席の連絡を入れて、みかんを11個!食べて、薬を飲みました。
もう寝ます。多分今夜はみかんの夢を見るはずよ。
グー。。。。
風が強くて。
そんな中だったのですが、今月から前にもちらっと書いたランニングクラブに入部(学生みたいだなぁ)したので、さっそく練習に参加してきました。
一ヶ月ほど前、GPS機能付心拍計を購入(これも書きましたね)、普段ジムで走るのがほとんどなので、屋外でまともにGPS機能を使った事が無く、今日が実質のGPSデビュー。
やばいです。面白すぎます。
ごーごる地球さまによると、今日の走った軌跡はこんなん。クリックで拡大。

まず、左上の丸いドーナツみたいな東京体育館を出発した所で、GPSをオン。
その後、国立競技場を右に見ながら、絵画館前の周回道路に到着。
楕円の中、横にストレートな道が走ってますが、ここは道幅が広く、車が入れないので、グループ練習に最適。
ここでランの色々なドリルを練習後、一周約2kの周回道路へ。
神宮球場〜信濃町駅前と、都心の道路なんですけど、緑が多くて良いところです。
皇居もランニングの聖地ですけど、こちらの方がのんびり走ってるランナーが多くてほんわかムードですね〜。
途中、赤い線がストレートにとんでますが、別にそのように走ったわけじゃなくて、start、stopを間違えて押しちゃったんです。
Lapは1kmごとに刻むように設定してます。
今日の走行距離、5,3kなんですが、なんかあってませんね。爆。
何かが(多分あたし)が間違ってると思うのですが、不明。そう言うこともある。
いやいやいや、こんな風に表示されちゃうと、めちゃくちゃモチベーション上がりまくります。
やっぱガジェット好きにさらに一票。
そして、オタク的な面もあることに気が付き、かなーり自分を面白がってます。
通勤で総武線を使ってるからかな。
朝、このように走ってお昼過ぎに帰宅したら、何となく頭が痛い。
また発熱でございます。
この冬二回目。
今日は素潜りクラブの新年会だというのに。。
さっき起きて、新年会の欠席の連絡を入れて、みかんを11個!食べて、薬を飲みました。
もう寝ます。多分今夜はみかんの夢を見るはずよ。
グー。。。。
ティラピスって、魚の名前だそうですよ。
淡水魚で、スズキ目、見た目も味も鯛に似ているそうで。
こんな。
写真はWikipediaから
ティラミスはイタリアのデザートですね。はやりましたよね〜
濃厚すぎて、今の私にはToo mutchですけどね。
とココまで書いて、本当に書きたかった事を思い出してっと。
それは「ピラティス」です。
渡辺満里奈さんの本とか有名ですね。
元々は、ドイツのお医者さんが負傷兵のためのリハビリ用に開発した身体運用のメソッドで、
医療用に正確性が必要とされるため、機械を使ってインストラクター?療法士?とマンツーマンで学習するのが本来のピラティスと聞いた事があります。
「マシンピラティス」というヤツですね。
その成り立ちとか、方法がロルフィングに似てますね。
で、日本で「マシンピラティス」を習おうとすると、まず先生が少ない。
そして講習料がとても高額。
それで出てきたのが、グループレッスン可能な「マットピラティス」というものです。
そのマットピラティス、内容は、以前にも書きましたが、身体運用の部分がヨガに大きく影響を受けているのは間違いなく、ヨガの宗教的精神的部分を除いて、体幹の鍛錬部分を抽出したとても優れたエクササイズだと思います。
終わると体の中からじんわり温まる感じ。これは有酸素運動にはない感覚です。
スタビライゼーション(静的)トレーニングの要素もあります。
見た目の割にはきついですよ。体力自慢の方がいたら一回やってみてください。
最近、週に2回ほど、「マットピラティス」のレッスンを受けています。
やればやるほど、人間の身体って深いな。とお腹のそこからうなりながら湧き上がるように感じます。
そして、今までヨガを少し長く続けてきたからこそ、思うことがあります。
ヨガは人類6000年の叡智とも言われ、大昔から伝わるヨガスートラとか、ハタヨガプラディーピガーなどの聖典と呼ばれる書物も何冊か存在してて、私も何冊か読みました。難しかった。
また、現代では以前にご紹介したことのあるアイアンガーの「ハタヨガの真髄」や、「ヨガ呼吸・瞑想百科」というのもありますね。
読んでいると、神話的な表現とか、宗教的な言葉とかたくさん出てくるのですが、(個人的な見解ですが、ヨガと宗教は切っても切り離せない関係にあるのは確かだと思います。一方でそれらを別々の物として切り離そうとしている一部の欧米のヨギや、日本の先輩方の努力にも敬服します)
現代日本の有名なヨギに「成瀬氏」という方がいます。
この方は、多分一般的に言うところの、「眉唾ものの」空中浮遊のヨギなのですが、以前ご本人にニュートラルな気持ちでお会いした時、「あ、そんな事もあるかもしれないな」と直感的に思ったのを今でもよく憶えてます。
良い方なんですよ。
もうお一人、「小山氏」という、独自の道を歩むヨギがいます。この方も色々「物議をかもす」著書を書いておられる方なのですが、当のご本人はとても頭のクールな、暖かい人柄のかたで、著書に書いている事も「あ、そうなのかもしれないな。そう言うこともないとは言い切れない」と思わせる力があります。ご本人はアーサナはしないんですけどね。
お二人ともこちらの疑心暗鬼な態度を留保させる、圧倒的な存在感と信頼感のある方たちなのです。
世の中には、自分が知らないだけのもの凄い事があるのかもしれないと思わせるような。
一方で今の世の中、スピリチュアルとか、癒しとか、ヒーリングとか、パワースポット、自分探しとか大はやりですね。
まー、私がランニングを始めたのも、流行だからやりたくなっちゃったってのも否定できない事実ですけど。
でも待てよ。
天邪鬼な私は、世の中がスピリチュアルな方向へどどーっと向かってるの見るにつけ、すこし遠目に「本物か?、ぶってるだけか?」と思うんですよ。
そしてそれについて語っちゃうこともトレンド?
「本当に大切な事は言葉に出来ない」。
(あ、そんなこといったら、こんなブログを書く事もそうですね。あはは。でも自分はその矛盾を忘れないでいようと思います。本来は恥ずかしいことですから。その矛盾をすっ飛ばしているというか、自覚もしてない人は何となく最初からアウトな気がしたり。。)
そう言う今の風潮って、ある意味危険ですよね。
だって、それは簡単に他者に答えを委ねてしまうことですから。
答えを与えてくれる人、凄い体験を与えてくれる人や物に無邪気にいってしまう怖さを感じるのはわたしだけでしょうか。
私はそんなんじゃもう満足できないです。
もっと深く知りたい、世界の成り立ちを。
と、最近つらつら考えるワタシにとって「ピラティス」は、極力そう言うある種の曖昧なもの、感情にするりと滑り込んできて結果として悪さをするものを極力排して、クールに科学的に「身体」だけに深く突き刺さっていく所がとても気に入っています。
その種の曖昧さや、人間の弱い感情に訴えかける一見耳障りの良い、どこからか引き写してきたような言葉や、マントラや、神の言葉とか、罪悪とか、善悪とか入り込む余地はありません。
逆にいえば、そこに逃げることが出来ないのです。
身体があるだけ。厳しくて深い、身体との対話がそこにあります。
先ほどのお二人の日本人ヨギは、ご自分のそれについては何も語りませんが、ちゃんと厳しく身体と向き合い、掘り下げてきたんだなと、会った人に思わせる何か大きな力があります。
今、自分は少しヨガから離れています。
少し長い旅になるかもと思ってます。
いつか帰るのか、帰らないのか??
でも、ヨガ的生き方と言うものがもしかしてあるとしたら、アーサナを一回離れてみるのも良いのかも知れないとも思うのです。
いつでも手放す覚悟は出来てますから。。それが全てではない。
だからこそ、打ち込める。
身体をまた違うあらゆる方向から使ってみて、自分なりの底から湧きあがってくる声や音、感情(のようなもの)に耳をすませてみようと思ってます。
今日の一冊
アプローチの違いこそあれ、向かっている方向は同じような気がします。
この本ではその方向の事を「胴体力」と読んでいます。
今は「体幹」がはやりですが、十年以上前にそれを教えてた人がいたのですね。
先ほどの小山氏とも交流があったそうです。
著者の方は亡くなって、お弟子さんのお稽古を受けたことがあるのですが、
凄い身体能力でした。みなでごろんごろん転がってました。
ただ、武道などと同じく、会得するにはとても時間がかかると思います。
本来はヨガもそうですね。
淡水魚で、スズキ目、見た目も味も鯛に似ているそうで。
こんな。

写真はWikipediaから
ティラミスはイタリアのデザートですね。はやりましたよね〜
濃厚すぎて、今の私にはToo mutchですけどね。
とココまで書いて、本当に書きたかった事を思い出してっと。
それは「ピラティス」です。
渡辺満里奈さんの本とか有名ですね。
元々は、ドイツのお医者さんが負傷兵のためのリハビリ用に開発した身体運用のメソッドで、
医療用に正確性が必要とされるため、機械を使ってインストラクター?療法士?とマンツーマンで学習するのが本来のピラティスと聞いた事があります。
「マシンピラティス」というヤツですね。
その成り立ちとか、方法がロルフィングに似てますね。
で、日本で「マシンピラティス」を習おうとすると、まず先生が少ない。
そして講習料がとても高額。
それで出てきたのが、グループレッスン可能な「マットピラティス」というものです。
そのマットピラティス、内容は、以前にも書きましたが、身体運用の部分がヨガに大きく影響を受けているのは間違いなく、ヨガの宗教的精神的部分を除いて、体幹の鍛錬部分を抽出したとても優れたエクササイズだと思います。
終わると体の中からじんわり温まる感じ。これは有酸素運動にはない感覚です。
スタビライゼーション(静的)トレーニングの要素もあります。
見た目の割にはきついですよ。体力自慢の方がいたら一回やってみてください。
最近、週に2回ほど、「マットピラティス」のレッスンを受けています。
やればやるほど、人間の身体って深いな。とお腹のそこからうなりながら湧き上がるように感じます。
そして、今までヨガを少し長く続けてきたからこそ、思うことがあります。
ヨガは人類6000年の叡智とも言われ、大昔から伝わるヨガスートラとか、ハタヨガプラディーピガーなどの聖典と呼ばれる書物も何冊か存在してて、私も何冊か読みました。難しかった。
また、現代では以前にご紹介したことのあるアイアンガーの「ハタヨガの真髄」や、「ヨガ呼吸・瞑想百科」というのもありますね。
読んでいると、神話的な表現とか、宗教的な言葉とかたくさん出てくるのですが、(個人的な見解ですが、ヨガと宗教は切っても切り離せない関係にあるのは確かだと思います。一方でそれらを別々の物として切り離そうとしている一部の欧米のヨギや、日本の先輩方の努力にも敬服します)
現代日本の有名なヨギに「成瀬氏」という方がいます。
この方は、多分一般的に言うところの、「眉唾ものの」空中浮遊のヨギなのですが、以前ご本人にニュートラルな気持ちでお会いした時、「あ、そんな事もあるかもしれないな」と直感的に思ったのを今でもよく憶えてます。
良い方なんですよ。
もうお一人、「小山氏」という、独自の道を歩むヨギがいます。この方も色々「物議をかもす」著書を書いておられる方なのですが、当のご本人はとても頭のクールな、暖かい人柄のかたで、著書に書いている事も「あ、そうなのかもしれないな。そう言うこともないとは言い切れない」と思わせる力があります。ご本人はアーサナはしないんですけどね。
お二人ともこちらの疑心暗鬼な態度を留保させる、圧倒的な存在感と信頼感のある方たちなのです。
世の中には、自分が知らないだけのもの凄い事があるのかもしれないと思わせるような。
一方で今の世の中、スピリチュアルとか、癒しとか、ヒーリングとか、パワースポット、自分探しとか大はやりですね。
まー、私がランニングを始めたのも、流行だからやりたくなっちゃったってのも否定できない事実ですけど。
でも待てよ。
天邪鬼な私は、世の中がスピリチュアルな方向へどどーっと向かってるの見るにつけ、すこし遠目に「本物か?、ぶってるだけか?」と思うんですよ。
そしてそれについて語っちゃうこともトレンド?
「本当に大切な事は言葉に出来ない」。
(あ、そんなこといったら、こんなブログを書く事もそうですね。あはは。でも自分はその矛盾を忘れないでいようと思います。本来は恥ずかしいことですから。その矛盾をすっ飛ばしているというか、自覚もしてない人は何となく最初からアウトな気がしたり。。)
そう言う今の風潮って、ある意味危険ですよね。
だって、それは簡単に他者に答えを委ねてしまうことですから。
答えを与えてくれる人、凄い体験を与えてくれる人や物に無邪気にいってしまう怖さを感じるのはわたしだけでしょうか。
私はそんなんじゃもう満足できないです。
もっと深く知りたい、世界の成り立ちを。
と、最近つらつら考えるワタシにとって「ピラティス」は、極力そう言うある種の曖昧なもの、感情にするりと滑り込んできて結果として悪さをするものを極力排して、クールに科学的に「身体」だけに深く突き刺さっていく所がとても気に入っています。
その種の曖昧さや、人間の弱い感情に訴えかける一見耳障りの良い、どこからか引き写してきたような言葉や、マントラや、神の言葉とか、罪悪とか、善悪とか入り込む余地はありません。
逆にいえば、そこに逃げることが出来ないのです。
身体があるだけ。厳しくて深い、身体との対話がそこにあります。
先ほどのお二人の日本人ヨギは、ご自分のそれについては何も語りませんが、ちゃんと厳しく身体と向き合い、掘り下げてきたんだなと、会った人に思わせる何か大きな力があります。
今、自分は少しヨガから離れています。
少し長い旅になるかもと思ってます。
いつか帰るのか、帰らないのか??
でも、ヨガ的生き方と言うものがもしかしてあるとしたら、アーサナを一回離れてみるのも良いのかも知れないとも思うのです。
いつでも手放す覚悟は出来てますから。。それが全てではない。
だからこそ、打ち込める。
身体をまた違うあらゆる方向から使ってみて、自分なりの底から湧きあがってくる声や音、感情(のようなもの)に耳をすませてみようと思ってます。
今日の一冊
![]() | スーパーボディを読む―ジョーダン、ウッズ、玉三郎の「胴体力」 (1998/11) 伊藤 昇 商品詳細を見る |
アプローチの違いこそあれ、向かっている方向は同じような気がします。
この本ではその方向の事を「胴体力」と読んでいます。
今は「体幹」がはやりですが、十年以上前にそれを教えてた人がいたのですね。
先ほどの小山氏とも交流があったそうです。
著者の方は亡くなって、お弟子さんのお稽古を受けたことがあるのですが、
凄い身体能力でした。みなでごろんごろん転がってました。
ただ、武道などと同じく、会得するにはとても時間がかかると思います。
本来はヨガもそうですね。





