Body & Soul
ヨガ、素潜り、フリーダイビング、スィム、ボディワーク、そしてちょっぴりアートな毎日。
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ティラピアとかティラミスとか
2/10追記:ご指摘いただいた魚の名前を直しました。

ティラピアって、魚の名前だそうですよ。
淡水魚で、スズキ目、見た目も味も鯛に似ているそうで。
こんな。ティラピス
写真はWikipediaから

ティラミスはイタリアのデザートですね。はやりましたよね~
濃厚すぎて、今の私にはToo mutchですけどね。

とココまで書いて、本当に書きたかった事を思い出してっと。
それは「ピラティス」です。

渡辺満里奈さんの本とか有名ですね。
元々は、ドイツのお医者さんが負傷兵のためのリハビリ用に開発した身体運用のメソッドで、
医療用に正確性が必要とされるため、機械を使ってインストラクター?療法士?とマンツーマンで学習するのが本来のピラティスと聞いた事があります。
「マシンピラティス」というヤツですね。
その成り立ちとか、方法がロルフィングに似てますね。

で、日本で「マシンピラティス」を習おうとすると、まず先生が少ない。
そして講習料がとても高額。
それで出てきたのが、グループレッスン可能な「マットピラティス」というものです。

そのマットピラティス、内容は、以前にも書きましたが、身体運用の部分がヨガに大きく影響を受けているのは間違いなく、ヨガの宗教的精神的部分を除いて、体幹の鍛錬部分を抽出したとても優れたエクササイズだと思います。
終わると体の中からじんわり温まる感じ。これは有酸素運動にはない感覚です。
スタビライゼーション(静的)トレーニングの要素もあります。
見た目の割にはきついですよ。体力自慢の方がいたら一回やってみてください。

最近、週に2回ほど、「マットピラティス」のレッスンを受けています。
やればやるほど、人間の身体って深いな。とお腹のそこからうなりながら湧き上がるように感じます。

そして、今までヨガを少し長く続けてきたからこそ、思うことがあります。
ヨガは人類6000年の叡智とも言われ、大昔から伝わるヨガスートラとか、ハタヨガプラディーピガーなどの聖典と呼ばれる書物も何冊か存在してて、私も何冊か読みました。難しかった。
また、現代では以前にご紹介したことのあるアイアンガーの「ハタヨガの真髄」や、「ヨガ呼吸・瞑想百科」というのもありますね。
読んでいると、神話的な表現とか、宗教的な言葉とかたくさん出てくるのですが、(個人的な見解ですが、ヨガと宗教は切っても切り離せない関係にあるのは確かだと思います。一方でそれらを別々の物として切り離そうとしている一部の欧米のヨギや、日本の先輩方の努力にも敬服します)

現代日本の有名なヨギに「成瀬氏」という方がいます。
この方は、多分一般的に言うところの、「眉唾ものの」空中浮遊のヨギなのですが、以前ご本人にニュートラルな気持ちでお会いした時、「あ、そんな事もあるかもしれないな」と直感的に思ったのを今でもよく憶えてます。
良い方なんですよ。
もうお一人、「小山氏」という、独自の道を歩むヨギがいます。この方も色々「物議をかもす」著書を書いておられる方なのですが、当のご本人はとても頭のクールな、暖かい人柄のかたで、著書に書いている事も「あ、そうなのかもしれないな。そう言うこともないとは言い切れない」と思わせる力があります。ご本人はアーサナはしないんですけどね。
お二人ともこちらの疑心暗鬼な態度を留保させる、圧倒的な存在感と信頼感のある方たちなのです。
世の中には、自分が知らないだけのもの凄い事があるのかもしれないと思わせるような。

一方で今の世の中、スピリチュアルとか、癒しとか、ヒーリングとか、パワースポット、自分探しとか大はやりですね。
まー、私がランニングを始めたのも、流行だからやりたくなっちゃったってのも否定できない事実ですけど。
でも待てよ。
天邪鬼な私は、世の中がスピリチュアルな方向へどどーっと向かってるの見るにつけ、すこし遠目に「本物か?、ぶってるだけか?」と思うんですよ。
そしてそれについて語っちゃうこともトレンド?
「本当に大切な事は言葉に出来ない」。

(あ、そんなこといったら、こんなブログを書く事もそうですね。あはは。でも自分はその矛盾を忘れないでいようと思います。本来は恥ずかしいことですから。その矛盾をすっ飛ばしているというか、自覚もしてない人は何となく最初からアウトな気がしたり。。)

そう言う今の風潮って、ある意味危険ですよね。
だって、それは簡単に他者に答えを委ねてしまうことですから。
答えを与えてくれる人、凄い体験を与えてくれる人や物に無邪気にいってしまう怖さを感じるのはわたしだけでしょうか。
私はそんなんじゃもう満足できないです。
もっと深く知りたい、世界の成り立ちを。

と、最近つらつら考えるワタシにとって「ピラティス」は、極力そう言うある種の曖昧なもの、感情にするりと滑り込んできて結果として悪さをするものを極力排して、クールに科学的に「身体」だけに深く突き刺さっていく所がとても気に入っています。

その種の曖昧さや、人間の弱い感情に訴えかける一見耳障りの良い、どこからか引き写してきたような言葉や、マントラや、神の言葉とか、罪悪とか、善悪とか入り込む余地はありません。
逆にいえば、そこに逃げることが出来ないのです。
身体があるだけ。厳しくて深い、身体との対話がそこにあります。
先ほどのお二人の日本人ヨギは、ご自分のそれについては何も語りませんが、ちゃんと厳しく身体と向き合い、掘り下げてきたんだなと、会った人に思わせる何か大きな力があります。


今、自分は少しヨガから離れています。
少し長い旅になるかもと思ってます。
いつか帰るのか、帰らないのか??
でも、ヨガ的生き方と言うものがもしかしてあるとしたら、アーサナを一回離れてみるのも良いのかも知れないとも思うのです。
いつでも手放す覚悟は出来てますから。。それが全てではない。
だからこそ、打ち込める。

身体をまた違うあらゆる方向から使ってみて、自分なりの底から湧きあがってくる声や音、感情(のようなもの)に耳をすませてみようと思ってます。


今日の一冊

スーパーボディを読む―ジョーダン、ウッズ、玉三郎の「胴体力」スーパーボディを読む―ジョーダン、ウッズ、玉三郎の「胴体力」
(1998/11)
伊藤 昇

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アプローチの違いこそあれ、向かっている方向は同じような気がします。
この本ではその方向の事を「胴体力」と読んでいます。
今は「体幹」がはやりですが、十年以上前にそれを教えてた人がいたのですね。
先ほどの小山氏とも交流があったそうです。
著者の方は亡くなって、お弟子さんのお稽古を受けたことがあるのですが、
凄い身体能力でした。みなでごろんごろん転がってました。
ただ、武道などと同じく、会得するにはとても時間がかかると思います。
本来はヨガもそうですね。
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頭立ち
ここのところ、身も心も(まさにBody&Soul!っすね!と我田引水してみる)ヨガから離れている気が。
ヨガ道場には通っているし、行けばアーサナをちゃんとやって帰っては来るのですが、
今は、そのサイクルに入っているようで、まったくおうちヨガしてません。だから、道場ではせめてちゃんとヨガをやるようにしています。

週末に井田(フリーダイビングの練習をしている所)に行くと、以前だったら、仮に8時ENだったら6時に起きて、ヨガして・・・な~んてちゃんと決めて、朝海を見ながらヨガしてたのに、今は、スィムの時にやるストレッチと、鼓膜周りの柔軟をやる程度。
それよりも寝ていたい。。。そんな気分。

何が良くて、何が良くないのか、自分にはわかりません。
でも今はそんな感じ。

それと関係があるのか、無いのかわかりませんが、
ヘッドスタンドが出来なくなっています。
head stand
これは、見た目の形だけでも出来るようになるまで、数年かかったアーサナです。
それが今は中心線を見失っていて、直立をキープする事が出来ません。ぐらぐらして、安定できません。

師匠によっては、“頭のいわゆる「百会」(「ひゃくえ」と読みます)に効くことが大事だから、最終的な形にはあまりこだわらなくても良い”と言う方もいますが、自分では、「中心を見失っている」感覚がいやな感じです。
地球の中心から、そらまでの引っ張られる絶対的な線。

人にもよると思うのですが、
自分がこのアーサナを出来るようになるまでのプロセス、それは「お腹の中を使えるようになる」「前屈が正しく出来るようになる=仙骨がたためる」プロセスでした。
何年かかかってそれが少しずつ出来るようになりました。
でも、その先があったようで、「中心線」が見つけられないと、ダメみたい。
いまはきっとその壁にあたっているのだとおもう。


「中心線」・・・。
「ブレない線」・・・・。

今度いつまた、身も心もヨガに没頭する日々が来るか(来るのは確実にわかっています)わかりませんが、今は、出来ることをやろうと思います。
仕事(あぁ)、フリーダイビング、水泳・・・・。

中心が見つかった時、その時、自分の「頭立ち=ヘッドスタンド」はどうなっているでしょうかね。
また、数年がかりの課題が出てきてしまいました。
長生きしないとね。
場のちから
前回3月のフリーダイビングの大会の時から、大会前のヨガの稽古は自宅中心ですることにしてみました。
最近、自分の中ではヨガ=スタティックになってて、ヨガの稽古が一通り終わった後、そのままスタティックの練習に移行したい気持ちになっています。
さすがに道場ではヨガが終わったあと、スタティックの練習をするわけにはいきませんから。
また、自宅ヨガだと、色々と新しいことを試すことが出来るので、それによって自分の内側がどのように変化するか、それを観察するのも面白くなってきてました。

また、ヨガをする時間を、30分バージョン、1時間、2時間、とそれぞれの時間の中で終わるメニューでやってみて、その後のスタティックの調子がどのように変わるか何回か試してみました。
結論は、30分の短いバージョンでもその後のスタティックの調子は悪くなかったと言うこと。
30分あれば、呼吸器周りのアップは十分できるということですね。
この収穫は自分にとって大きいです。
これから、オフィシャルトップまであまり時間の無い時でも、気持ちに余裕をもって臨めます。

ただ、自宅で一人でずっとヨガをやっていると、微妙に何かが少しずつずれていくというか、ゆるくなってくる感じ、そして(良くない意味で)内側に閉じるような感じが最近出てきて、「こりゃいかん!」と、今日しばらくぶりに道場に行ってきました。

合掌のあいさつの後、いつもの、もう何年もしているアサナをただ淡々と進めていく。
師匠の存在が少しの緊張感と安心感をあたえてくれる。
他の生徒の様々な呼吸の音、時折入るインストラクションの静かな声、アジャストメントの的確で暖かい手、道場を抜けていく初夏の夕暮れの風。
場によって集中が深まり、自分がクリーンナップされていく。滞っていたものが緩やかに流れ出していく感じ。

ヨガをするためだけの場所として、長いこと磨かれて守られてきた、その綿々と受け継がれてきた場所からの大きな力を貰ったような気がしました。
そしてそこにいる人たち。

ヨガの稽古は究極的には一人で探求していく部分が大きいのは確かだと思います。
しかしそこにいる人も含んだ「場」によって磨かれていく、そして自分もその「場」を磨いていく、その大切さ、かけがえのなさを感じました。

逆に考えれば今そのようにを感じることが出来るようになったのは、もしかして一人でやってきた稽古のおかげかもしれません。
卵が先か、鶏が先か。
ま、どちらでもいいです。
いずれにしても確かなこと、これからも稽古を続けていこうと思います。

今日の一冊

能に学ぶ「和」の呼吸法能に学ぶ「和」の呼吸法
(2008/02/01)
安田 登

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能楽師であり、ロルファーでもある著者による本。
私はなぜかヨガの練習のことを「稽古」とよびます。なんか他の言葉はしっくりと来ないから。
この本に「稽古」の言葉の由来が出てきます。
「稽古」とは「古(いにしえ)を稽(かんが)える」という意味だそうです。
東洋的な身体観は、日本もインドも繋がっていると感じさせてくれた一冊。
西洋のそれとは明らかに一線を画します。
YogaにかんするFAQ
いっつも思うんですが、「FAQ」ってなんて読むのでしょうか?
私はいつも言葉には出さず心の中では「ファッ○」って読んでるんですが、まさかね。
誰か正解カモ~~ン。

話がのっけからそれました。すみません。
「ヨガをやってます」って言うと、まだ歴4年そこそこのピヨピヨな私でも質問をいただく事がよくあります。
#マスターズ水泳と、病院と、ヨガにおいては、私はまだ若手の部類に入るみたいです。うふ。
特にヨガ、ウチの道場に通ってると10年でもまだまだ若手、20年30年やってる方でやっとベテランていう感じです。40年クラスの方とかもふつーにいらっしゃるので。
身体の柔らかい、呼吸の深いシャンティなおばあさま素敵っす。

まったく参考にならないかもしれませんが、それではその「エフエーキュー」です。

○ヨガって痩せる?
ヨガが即減量に繋がることはない気がしますね。ヨガを続けていくうちに、その人にあった適正な身体バランスになっていくような気がしますよ。
ふっくらとしてるのが自然なひとはそのように、もともとがシャープな筋肉質の人はそのように。
うん、でも確かにヨガやってる人でメタボな人は見た事がありません。
ただ、ヨガ以外のスポーツでついた筋肉はヨガのアーサナで邪魔になることはあるみたい。
私の場合は、広背筋が邪魔をして....。

○週に何回やったほうがいい?毎日??
これは自分の経験上ですが、「毎日やろうと思わないほうがいい」みたい。
そのうち逆に、「毎日やらないのはなぜだろう?」と考えると、その人の現在のヨガの位置がわかると思います。
例えば、「疲れちゃうから」。
もしかして強度が強すぎるのかも。ヨガに費やす時間が長すぎるのかも。
「時間が無いから」。
うん、そう言う時もあります。そう言うときはさっさとヨガを忘れて、その時やるべき事に集中したほうがいい気がする。くよくよと時間の無いことを悩むほうが身体に悪い気がします。
週に2~3回が適正な人もいると思うし。
そのうち、「毎日ヨガすること」が自然になる日がくるかも。・・・こないかも。


○「ヨガファイアー」とか吐けるの?または「ヨガフレーム」とか、または、「ダルシム」とか
本当にこれはよく聞かれます。
私は、ゲーマーでなないので、最初はまったく意味がわかりませんでしたけど。
ヨガするほとんどの人がこの問いを経験しているのではないかしら?
なので、この質問をする人にとっては、とっておきのジョークかもしれませんけど、聞かれる側はもう100万回くらい質問されていることを心の片隅に置いておかれるといいかもしれません。。


○なぜ、何のためにヨガをやるの?
うぅむ、これはちょっと簡単には答えられないですね。
そのうち、じっくりと、一晩かけて。あは。


今日は、こんなところでしょうか。ピヨピヨなりに考えてみました。
またいつか第2弾を書きたいと思います。

今日の一冊
ご冗談でしょう、ファインマンさん〈上〉 (岩波現代文庫)ご冗談でしょう、ファインマンさん〈上〉 (岩波現代文庫)
(2000/01)
リチャード P. ファインマン

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アメリカのノーベル物理学賞受賞者の自伝的な本。
以前に「生物と無生物のあいだ」を読んでても思ったのですが、理数系も極めると芸術的になっていくというか、そういうループがあるような気がしますね。
ファインマン博士、絵は描くは、アフリカンドラムは叩くはで、彼のインスピレーションの縦横無尽さは、そんな芸術系と理数系の境界なんかフッ飛ばしてしまってて痛快。そして興味を持ったことはとことんやる。
最後のほうに、イルカの研究で有名なジョン・リリー博士との「幻覚」に関する実験が出てくるのですが、対象は選ばないのに距離感をきちっと保って客観的に対するその科学者としての姿に心打たれました。
物理に全く興味のない人が読んでも面白いです。私がそうでしたから。
YOGA? or beer??
先日のインドアフリーダイビングの大会で他の選手の泳ぎをみていたら、「気持ち良さそうだなぁ。」と、自分も無性に息を止めたくなってきたので、先週くらいからポチポチとフリーダイビングの練習を始めました。
ミラーニューロン細胞が活性化しちゃったかしら?!

そうやって息を止めてみれば、今までのとても短いフリーダイビング人生の中でも、あまり無いくらいの気持ちよさでございました。
うぅむ、休養は本当によかったらしい。もしかしてヨガの効果も少しはあったりして。。

そして今日は横浜国際での練習会。
スタティックの合間に、プールサイドの大きな窓から見える竹林がどうどうと風に吹かれているのを見て、そうだ、今日は南風!だということに気が付きました。
そして竹林の緑の上には真っ青な空。
そう、今日は気温も高くて、GW頃の陽気だったんでした。

強い南風&小春日和&青空そして、素潜り練習後!とくれば、ビールYogaです!
後ろ髪を惹かれる思いでひとり泣きながらスキップしながら家に帰りました。
身体の中に昼間の素潜りでの気持ちよさと、それで生まれた熱が残っていて、いいヨガになりました。

いよいよ年末で世の中的にはいろんな意味であわただしいですけど、心豊かにこの週末を過ごせたことに感謝です。
これから夕飯に、思いきっリ心行くまでビールを飲みたいと思います。
今夜は、豆腐チゲ鍋でございます。

それにしても、今日気が付いた。
ビール日和と、ヨガ日和は果てしなくイコールです。
コマッタ。
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