Body & Soul
ヨガ、素潜り、フリーダイビング、スィム、ボディワーク、そしてちょっぴりアートな毎日。
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飲み干したい
20090527123146
「ビールデンウィーク」。昼間っからなんて素敵な響きでしょ。ゴクリ←唾を飲みこむ音。
今年もこの季節がやってきました。沖縄で言うところのビアフェスタみたいなものでしょうか。
今週末まで六本木ヒルズでやってます。
オリオンも出店します。

え?わたくし?
回し者ですがなにか?

ビールの星の。
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DYN編その2
ここからは、昨日のBOについて今考えてること、感じてることを書こうと思います。
未熟なりに、今の自分を記しておきたいし、書くことで色んな事の整理がついていきそうな気がしますので。
ですので、不愉快に感じたり、不謹慎と思う方もいるかもしれません。その場合は華麗にスルーしてくださいね。

先ほども書いたように、今回の大会に出るにあたって目標を二つ立てました。
「最善を尽くすこと」
「途中でやめないこと」
このような目標を立てたのは、当然、それまでが、
「最善を尽くしていない」
「途中でやめてばかりいる」自分がいやだったからですし、それではもう成長は無いと思ったからです。
この場合の「成長」というのはフリーダイビングだけではなく、人生全般にも関わることです。

だから、自分なりに考えて、練習を組み立てそれを続けてきましたし、当日のレース展開も決めました。
で、途中でやめなかったのです。
だからこういう結果になりました。
だから全然落ち込んでもいないし、気持ち的にはかなりすっきりしています。

ただ、少し考え込んでいるのは、今まではどんなに追い込まれたギリギリの状態になっても自分は上がるタイミングを絶対間違えない、逃さない選手と思ってましたので、今回の経験で、それを感知するセンサー?が鈍っていたのか働かなかったのかがわかってショックです。

集中力に欠けてたのか。
クリーンに上がることに対する執着心が薄れていたのか。
わかりません。


たぶんね、自分は、フリーダイビングのために、フリーダイビングをやっているのではないんだと思う。
例えば、一人で海で素潜りしてても危険を察知する能力、ちゃんと一人でも生きて帰ってくる能力、そして海に限らず陸でも、天変地異や革命(!)が起こってもちゃんと生き残っていくだけの動物的な感覚や、人間がもとから持っている自然な潜在能力のようなものを磨くためにやっているのだとおもう。

あ~大げさですね。恥ずかしいですけど。ま、あくまでも例として。
たぶんヨガもそのためにやってます。

だから、今はその逆をいく結果になったこと、それが大ショックです。
絶対にBOしちゃいけないんですよ。。。
一人だったら当たり前に死んじゃいますから。

今後のことはまだわかりません。
でも今後ずっともっと、細かく昨日のことを検証して今後の自分にちゃんと活かして生きたいと思います。


最後に、ずっとサポートしてくれたKriちゃん、セキュリティで助けてくれたBBの先輩のお二人、今まで一緒に練習してきてくれた友人達、Kコーチ、大会を支えてくれたスタッフの方々に、いつもながら百万回のキッスを送ります。
ありがとうございます。
インドア館山二日目。DYN編その1
二日めは、ダイナミックニ種目です。

もう正式に記録も発表されているので、ご存知の方も多いと思いますが、わたくしダイナミックウィズフィンで人生初のブラックアウトをいたしました。
今まで一回もしたことはなく、今後もすること無いだろうなと勝手に思ってました。
他人事では無かったんでした。

昨日は朝から気持ちがとても落ち着いてて、いつものヨガも本番前にじっくり出来て、静かな覚醒した気持ちでオフィシャルトップ(スタートの時間)を迎えることが出来ました。
スタート後、水の流れが気持ちよい瞬間が何回かあって、自分はこう言う時いい記録が出る事が多いので「あ、いいな」と思って泳いでいました。
そして75mのターン。全く問題なくできたのですが、真ん中を越えたあたりから、急にすごく苦しくなって息を吐き出したくなり、それを一生懸命我慢しながら泳いでいたのを憶えています。

で、気が付いたら、仰向けになってて、真上に顔があって誰かが呼んでて、その時点で「BOしたんですね」と言いました。
なんかものすごーく気持ちいい夢を見てて、優しく起こされてとても良い目覚めのしたときのような不思議ないい気分でした。
「夢をみてました。気持ちよかったです」と言ってた気がします。
すぐに距離を確認して、「百ウンメートル」だなと思ったところからすると、100mターンしたのは心の片隅の記憶にあったようです。

次の選手の番がひかえていたのですぐにプールから上がらなくてはならないのに、足が思うように動きません。
それでも何とか、プールサイドに引っ張り上げられたのですが、今度は自分でフィンを脱ぐこともできなくてサポートのKちゃんに脱がせてもらいました。
その頃から物凄いだるさが来て、酸素を長いこと吸わせてもらいました。

後から聞いた話です。
100mをターンして5mラインくらいから泳ぎが止まりはじめ、息を大きく吐いてそのまま沈んだそうです。
そばで見てた初めてフリーダイビングの競技を観た友人に「BOしてても泳ぐんだね」といわれました。
ぞれで、セキュリティのK野氏、K沢氏に引き上げられたということでした。
意識を失ってた時間が長かったそうで、大会役員の須川さんから、大会ドクターからの勧告として、身体のために次のノーフィンはキャンセルするように言われそのようにしました。

ここまでは事実を書きました。

続きます。






インドカップ一日目。STA編。
昨日までの二日間、モブログでもお伝えしましたが、フリーダイビングのインドア大会がありました。
今見てみると、写真の字、ほとんど読めませんね。ゴメンナサイ。

や~、フリーダイビングを始めて3年目ですが、大会に出るたびに、本当に大きく自分の中が動くのを感じます。
今年の館山大会もそうでした。激震でしたが。

今回は大きなテーマを自分の中で設定。
それは、
「最善を尽くす」
「途中でやめない」
の二つでした。

一日目はスタティック(水中での静的閉息)
前回も書きましたが、前回の大会から、スタティックをヨガとセットでやるようになって、スタティック中に「しん」としたいい感じに入る事が自然にできるようになり、そんな状態を含めて楽しく自宅で練習していました。
ところが、今回の大会の直前に、突然なぜか「入れなく」なり、「ま、仕方ないよね。そう言うときもある」と思い、最後のほうは家では淡々と軽いメニューを練習をしていました。

で、大会本番。アップはうまく行ったんですが、本番中にまた「入れなく」なり、「まー仕方ないやね。」とまた思いながら息を止めてましたら、意外といけて、プラス6秒の自己ベスト。
これで、「入れない」ときでもそこそこいけることがわかって、とても嬉しいです。
これから、調子の良し悪しで一喜一憂するのはやめにしよう。と思ったのでした。
あ、これもヨガと同じだね。

あ、アイス奢るの忘れました。今度ね。

二日めに続きます。
で、
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私は…、
初めての体験をもってしました。
それは…
来週に続く
全国から大勢の選手が
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選手の平均年齢38.3歳です
本当にレベル高いです!
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勉強になりました。
PB更新
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6秒更新しました〓嬉しい
明日も頑張ります!
場のちから
前回3月のフリーダイビングの大会の時から、大会前のヨガの稽古は自宅中心ですることにしてみました。
最近、自分の中ではヨガ=スタティックになってて、ヨガの稽古が一通り終わった後、そのままスタティックの練習に移行したい気持ちになっています。
さすがに道場ではヨガが終わったあと、スタティックの練習をするわけにはいきませんから。
また、自宅ヨガだと、色々と新しいことを試すことが出来るので、それによって自分の内側がどのように変化するか、それを観察するのも面白くなってきてました。

また、ヨガをする時間を、30分バージョン、1時間、2時間、とそれぞれの時間の中で終わるメニューでやってみて、その後のスタティックの調子がどのように変わるか何回か試してみました。
結論は、30分の短いバージョンでもその後のスタティックの調子は悪くなかったと言うこと。
30分あれば、呼吸器周りのアップは十分できるということですね。
この収穫は自分にとって大きいです。
これから、オフィシャルトップまであまり時間の無い時でも、気持ちに余裕をもって臨めます。

ただ、自宅で一人でずっとヨガをやっていると、微妙に何かが少しずつずれていくというか、ゆるくなってくる感じ、そして(良くない意味で)内側に閉じるような感じが最近出てきて、「こりゃいかん!」と、今日しばらくぶりに道場に行ってきました。

合掌のあいさつの後、いつもの、もう何年もしているアサナをただ淡々と進めていく。
師匠の存在が少しの緊張感と安心感をあたえてくれる。
他の生徒の様々な呼吸の音、時折入るインストラクションの静かな声、アジャストメントの的確で暖かい手、道場を抜けていく初夏の夕暮れの風。
場によって集中が深まり、自分がクリーンナップされていく。滞っていたものが緩やかに流れ出していく感じ。

ヨガをするためだけの場所として、長いこと磨かれて守られてきた、その綿々と受け継がれてきた場所からの大きな力を貰ったような気がしました。
そしてそこにいる人たち。

ヨガの稽古は究極的には一人で探求していく部分が大きいのは確かだと思います。
しかしそこにいる人も含んだ「場」によって磨かれていく、そして自分もその「場」を磨いていく、その大切さ、かけがえのなさを感じました。

逆に考えれば今そのようにを感じることが出来るようになったのは、もしかして一人でやってきた稽古のおかげかもしれません。
卵が先か、鶏が先か。
ま、どちらでもいいです。
いずれにしても確かなこと、これからも稽古を続けていこうと思います。

今日の一冊

能に学ぶ「和」の呼吸法能に学ぶ「和」の呼吸法
(2008/02/01)
安田 登

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能楽師であり、ロルファーでもある著者による本。
私はなぜかヨガの練習のことを「稽古」とよびます。なんか他の言葉はしっくりと来ないから。
この本に「稽古」の言葉の由来が出てきます。
「稽古」とは「古(いにしえ)を稽(かんが)える」という意味だそうです。
東洋的な身体観は、日本もインドも繋がっていると感じさせてくれた一冊。
西洋のそれとは明らかに一線を画します。
あぁ耳抜き
今だから白状しちゃいます。って、もう周りの人にけっこう言ってるけど。

実はわたくし、今まで耳抜きなしの素潜り人生を送ってきました。はい。
二十数メートルを記録会で潜ったこともあるのですが、耳抜きしないで潜ってました。
潜れば、まーそのーなんというか、耳は多少?たまには?痛いものって思ってました。
「耳抜き?ほぇ??」って言う感じでしょうか。
「耳は、マスクブローで抜ける!」って思ってましたから。

3年ほど前に、その調子で潜ってたら、あほなことにというか、当たり前なことに鼓膜を破り、コペルニクス的大転換。
その時は幸い、ラインが入っていて、無事浮上する事が出来、また鼓膜も3週間ほどでふさがったのですが。
耳は「勝手に抜けるもの」ではなく、そう、耳は「抜くもの」なのでした。

その後、アレルギー鼻炎鼻炎がひどくなり、「勝手に」抜けてた耳も、抜けなくなり、ニッチもサッチも行かなくなって、結局、大倉山にある、ダイバーの方には割と有名な耳鼻咽喉科へ。

そこではまず最初に、耳抜き検査をします。機械を耳に入れて自己流に耳抜きしてみたのですが、結果は、当然「全く抜けてない」。
その日から、オトベントを渡され、バルサルバ法での耳抜き練習開始。
その時思ったこと。
「耳抜きって結構力いるのね」。
その後、毎日100回の耳抜き課題をクリアして、陸ではほぼ100パーセント抜けるようになったのですが、水中で頭を下にすると抜けない。
ドクターには、ヘッドファーストでの潜りはあきらめるように言われました。がが~ん。

で、大きな原因の一つと思われる鼻炎の手術を某耳鼻科高度専門病院で受けました。
慢性副鼻腔炎も治療して完治しました。
でもやっぱり抜けない。

そんなもんでまた、耳抜きしないで潜ったりしてましたけど、もう怖くて3~5mくらいしか潜れないんですよね。
そして潜る時は必殺耳抜き点鼻薬を使ったりして。#そーいうのがあるんです。
だからもう、「やっぱり私は頭を下にして潜れないんだ」とあきらめていました。

最近なんとなく、また陸でのバルサルバ法を、横になったり、頭を下にしたりして練習していましたら、圧を加える時に唾を飲み込むと抜ける事が判明して、何とか陸では出来るようになりました。

そこで、BBのKコーチの登場です。
先日、STAトレのあとに時間があったので、ダイビングプールで試してみました。
はしごから頭を上にしてフットファーストで潜っていく。簡単に抜けます。
次。
はしご伝いに頭を下にして潜ってみると、、、、だめ、抜けません。
1mくらいで、もう抜けません。どーしてもだめ。
水面から見ると、足だけじたばた出てて、相当妙な光景だったと思うな。

で、Kコーチから教わったコツは、
「はしごで煮詰まったら、水面に移動しうつぶせに浮いた状態で水面で一回抜く。そのまま抜きっぱなしで耳管が開いた状態でジャックナイフで潜っていってすぐに次の耳抜きをする」と言うもの。
そうしたらね、出来たんですよ。
そのまま水底まで行けました。50センチ潜るごとに一回位耳抜きしてたと思うけど。

耳が抜けるって、なんて楽なんでしょうか。世界が変わりました。
ふぅむ、今までの素潜りってなんだったのって感じです。

水圧が心地よかった。
懐かしい苦しさだった。
ダイナミックトレーニングだけじゃ、この感触は味わえないよな。
たった-5mでしたけど。

今年は少しずつ、また海のフリーダイビングもやってみようかな。
フリーイマージョンとか、楽しそう。
水圧、いいですね。
時間の問題だよね?
週1~2回、通っているホームのプール、自宅の隣の駅から歩いて7~8分のところにあります。

ひょんなことから、そのプールの数軒となりに、高校の時付き合ってた、ボーイフレンド(こういう言い方今するのかな。ま、いいけど。恋人のことです)の現在の職場がある事が判明。
そう言えばそのプールはもう2~3年通っているのだけど。

大昔(爆!だって別れてからもう二倍以上の歳だもん)に別れてからも、そのひととは不思議な縁があって、折にふれ消息を聴くことがありました。
そのたびに「あ、元気にしてるんだな」と思い、本人に会うことはまったくなくても、暖かい気持ちになること幾たび。

今まで自分の行動範囲にその人が関わってくることはなかったのに、ここにきて相当至近距離にいることがわかって、少し動揺気味です。
もしかして遭遇するのは時間の問題??
会いたいような、会いたくないような。。
別人みたいに、太っちゃってたら哀しいな。
でも、きっとチャーミングなまま年とってるとおもう。
・・・と、勝手に妄想してみたりして。

でも冷静になって考えてみれば、
+○キロ(体重のことです)
+○じゅう○さい(歳のことです)
で、今現在のお互いが認識できると思います?

「すれ違ってもわからない」に、100万ペソ。しくしく。
定点観測 090505
20090505150942
今日は小雨が降ったりやんだり。
行きがけに遊歩道に足を踏み入れたら、心の奥底から何かが溢れてきて、しゃがみこみそうになりました。
「あ!」と思ってその奥底をたどってみれば、
10年以上前の、石垣島の森の匂いでした。
雨の夏の緑の匂い。
鼻腔を通る湿った空気の感触。
森の生き物たちが急に元気に息づいて賑やかで。

そういえば、ついこないだも本屋さんで同じような事がありました。
となりに人の気配。フラッシュバック。
なんと、その人(女性)がのつけてた匂いが、ウィーンの空港でかいだ匂いだった。
ウィーンの空港の薄暗さ。
ざわめき。
行き交う様々な国の人々。異国の言葉の意味のわからないアナウンス。

匂いは不意に、忘れてた風景を引き出しにきます。
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