市Q蜂ヨン

2009年08月25日 18:46

一ヶ月以上前に購入した、村上春樹氏の「1Q84]。
読むのが怖くてまだ一回も表紙を開いていません。
周りの他の本をウロウロ読んでいます。
最近、夜中に「1Q84」がぼーっっと光りだすんじゃないかと思うくらいの存在感で私の意識にのしかかってきます。
ヘンなの。

なぜ怖いのか?
もし、読んでつまらなかったらと思うと、その時のがっかり感を思うだけで、心臓がばくばくします。
逆にすごく面白かったり、大きなインパクトのある本だったら?
自分にとって彼の本は、ALL or NOTHINGです。

その感じを例えていうなら、
大昔、何年も何年も行きたくて行きたくて思い焦がれて、やっとのことで行くことが出来た八重山。
その時、2週間ほど滞在したのですが、
旅行中、ずっと心と身体がふわふわと宙に浮いてて、なんか、大昔の、フィルムに傷が入ったようなセピアの映画の中に紛れ込んだ自分だけが天然色みたいな、不思議な気分になってたことがありました。
微妙にまわりと自分の間に違和感があり、薄い膜に覆われているようで、そこにいる実感がない。
思い焦がれて楽しみにしすぎてた場所に来られたことが、ずっと夢の中にいるような気持ちにさせたのかもしれません。。

もし、「1Q84」がインパクトのある本だったら、そんな気持ちになりそうな気がする。
あぁ、だからまだ読み出せない。
もう少し、寝かせて熟成させておこう。
そのうち、その本、夜中にぶるぶると震えはじめるかも!?コワイィ。


ところで、同じ村上春樹氏原作の本「ノルウェイの森」映画版のキャストはこんな。
主役は、松山ケンイチ
緑が、水原希子
直子が、菊地凛子。
監督は、「シクロ」、「青いパパイヤの香り」のトラン・アン・ユン。
どちらも大好きな映画です。あの頃、トニー様は若かった。。
アジア特有ののねっとりとした湿気のある空気感、そこはかとない官能性。静けさの豊かさ。陰影のもつ饒舌さ。

原作本は出たばっかりの頃(もう20年前ですね)緑と赤の上下本を買いました。
新宿の紀ノ国屋でその本を手にとって、レジに向かおうとしていた時、話し掛けてきたのが、当時絵の学校でクラスメイトだった、O山田K吾くん。音楽はやってたけど、まだ無名だった。
彼に「“ノルウェイの森”なんて買っちゃって〜」と言われたのを今でも思い出します。
ほら、メジャーなものに対して斜に構えるのがカッコいいと思う時ってあるじゃないですか。特に芸術系の学生はそうですね。
その当時、「ノルウェイの森」は立派なメジャーだったと思う。
彼女(同じクラスメイト)と一緒だったのですが、(まだKhミ Kriィsanではありませんでした)その彼女も、いまや割と有名人です。

って、話がずれましたね。ごめんなさい。
その「ノルウェイの森」。
何回読み返したでしょうかね。
ものすごくありきたりな言い方ですけど、「青春」だったよなぁ。ってしみじみ思います。

主役の松山ケンイチくんもいいけど、私は森山未来くんでみたかったなぁ。
ワタシにとって未来くんは「青春」の苦悩と、無謀と可能性の象徴なのです。
急に成長しちゃった長い手足をもてあまして、ギクシャクしちゃっているような。。
#彼はダンサーでもあるので、実際はまったくギクシャクしてませんけど。

この映画は、勇気をだして必ず見に行こうと思います。


ところでどなたか「1Q84」読んだ方はいる?


今日の一冊はどちらかにしようか迷いましたが、
「ノルウェイの森」にします。
(後ほど追記します)