Body & Soul
ヨガ、素潜り、フリーダイビング、スィム、ボディワーク、そしてちょっぴりアートな毎日。
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今年も咲きました。
秋の訪れをつげる花。名前を知らない可憐な花。
どんなに暑い夏でも必ずこの時期に咲きます。
陽が短くなったのを感じているのだろうな。

今年も夏がゆきます。
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自分にとって、
海に入ることは、息をすること。
走ることは、解き放つこと。
そして両方とも、自由を全身で感じること。
静と動。

次に海に入れるのは2週間後。
走れるのは??

この二つがない自分って、何にもない自分みたい。
抜け殻。
Yogaをする気にもなれない。

2年前の毎週毎週海に行ってた時がどんなに幸せな時だったかが今になってわかる。
でも、今年はそういう年だからと自分で決めたことだから。
そして、今は脇腹が痛くて走れない。
いつもランニングクラブで、ちょっときつい練習だとぶーぶー言いながらやってたのに、
走れなくなると手足をもがれたみたい。
今になって自分の中で走ることがすごく大きな重さを持っているんだなと気づかされた。

今はじっと丸くなって嵐が過ぎ去るのを待とう。
次に解き放たれるときのために。
耐えた後、はじけたときの新鮮な感覚を楽しみにしよう。

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織田フィールド。
またあの圧倒的な熱気の中で走ろう
代々木駅にて

みんなが、ホームに向かって同じ角度で頭を傾け携帯をいじっている。
フシギと言えばフシギな光景。
みんな携帯大好き。私もだけど。
navel
このところの、おへそに汗が溜まるほどの(ふつうの人は溜まらないのかな。私は溜まります)暑さで、navel=臍ピアスの状態が一気に悪くなり、昨日、いつもお世話になっているピアッサー氏のところへ出向いてピアスをシリコンチューブに変えてもらいました。入院した時に全身のピアスホールをシリコンチューブにして以来、二回目。
この状態で一か月ほどケアをしながら様子を見、その後またピアッサー氏に見てもらいます。

昨日取り替えてもらっている間に、「お腹周りついたでしょ?」と言われ、ギクっ。そうかもしれない。
そのせいもあって状態が悪くなったみたいです。

私は周りの人から「どうしてnavelにピアスを開けたの?」と聞かれると、「自分の中心を忘れないために」と答えます。
まー、後から強引にこじつけた理由に無きにしもあらずですが。
アーユルヴェーダ的にはお臍は重要なツボですから逆にいじってはいけないんだそうで。
でも東洋医学的にいうところの、「丹田」はもう少し下の内側奥深くにありますよね。だからあまり関係ないんじゃないかと思ったり、話はどんどんループして、結局「衝動的に!」が一番正しかったりして。あはは。

何回かピアッサー氏のところに通っているうちに、ボディピアスの周りにあるその他の「身体改造」的なことに何となく興味が出てきて調べてみたり。
Tatooもそうですね。あとインプラント。歯に入れるインプラントじゃないですよ。興味のある方はググってみてくださいな。
私は残念ながら両方とも入れることはないと思うのですが、「Tatoo」ではない「和彫り」には純粋に「絵」としての興味があります。
その関連で現代の京都に和彫りの名師の方がいて作品を見たことがあるのですが、「絵」としても素晴らしいものでした。
正直言ってこれが身体に入ることにウットリする気持ち、わかります。

自分は小さいころ、下町の銭湯に父によく連れて行かれて「和彫り」のすごいのをたくさん見てきましたので(そのころのそこの銭湯にはふつうにそういう方たちがいました)、日本における「入れ墨」の歴史的意味合いを肌で感じてきたところもあり、決して軽い気持ちにはなれません。

でも、サブカルではありながら、それも日本の一つの伝統であるのだから、外国人が見るように美的観点からそれを愛でる気持ちがよくわかります。
そしてそれを、歴史的社会的ダークサイドから引き出して、一つの職人的手仕事、またはカルチャーとして継承していこうという、その試みにはとても興味を惹かれます。
今度、京都に行ったとき、和彫りのその若い職人さんを訪ねてみたいとも思っています。

話がずれまくりましたが、ボディピアスで「Prince Albert」という箇所があります。英国のアルバート王子(のちのジョージ二世?)がそこにピアスをしていたからそう名づけられたそうなのですが、どこだかわかりますか?
ヒント:男性にしかつけられない場所です。
※真偽に論議あり

うぅむ、ボディピアス、奥深いです。


今日の一冊

また会う日まで 上また会う日まで 上
(2007/10/30)
ジョン・アーヴィング

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全身にバッハやヘンデルのオルガン曲の楽譜を入れ墨している父と、彫師の母から生まれた息子。母を捨てた父の教会オルガニストとしての足跡を追ってヨーロッパ各地をめぐりながら、父の実像に迫っていく大長編。赦しの物語。
チャンスの前髪
9月にギリシャで行なわれる、フリーダイビング海種目の世界選手権の代表が決まりましたね。
今回も日本からは大勢の選手がエントリーします。
ワイルドカードと言って、前年の世界ランキングが10位以内の選手は、シード権のように無条件に出場権が与えられると言うものがあります。
それ以外にさらに各種目3人の出場枠がありますから、大勢の選手を出せると言うことは、それだけ日本がフリーダイビングの強豪国になっていると言う証しですね。素晴らしい!

私は2007年にプールの世界選手権の代表に選んでいただきました。
その時は上位の有力選手が何人か出場を辞退し、たなぼた的な代表でしたが、それでも世界選手権という晴れの大舞台で泳ぐと言う事は、何にも換え難い素晴らしい経験をもたらしてくれました。
あれがなかったら、今の自分は他の自分だったかもと、大げさではなく思えるようなそんな大きな出来事だったんです。

今回、代表の選考が始まった時、フリーイマージョン(海底に向かって下ろされたガイドロープを伝って潜水する競技。フィンは履きません)の3番目に入っているのを知り、とてもびっくりしたのを憶えています。
なんせ、おととしの記録会での数字でしたから。
でも同時に、「記録は作っておくもんだなぁ」とも思いました。

しかし残念ながら、今年は公私にわたり色んな意味で余裕がなく、出場を辞退させていただきました。
自分は、海の大会でも代表になるのが夢でしたので、本当に残念でした。

でも、この枠に残った事自体、7月の3連休に行なわれるはずだった沖縄の大会が台風で中止になったため、そこで作られるはずだった他の選手の記録がなくなったからなのですけれど。
まぁ、これも2007年に引き続きたなぼたですね。

でもたなぼたはイコール、チャンスだと思うのです。
そしてチャンスを引き寄せるのも一つの実力ですね。えっと、これは自慢しているわけじゃないですよ。
今回、そのチャンスを生かさなかった自分に、「ふたたび」はあるでしょうか。

「チャンスには前髪しかない」と言う言葉を聞いた事がありませんか。
チャンスというものには髪がある。でも前髪しかない。
だから、向こうからチャンスが走ってきたときにしっかりとその前髪をつかまないといけない。
チャンスが走り去った後、彼の後ろには髪がないからもうつかむことはできないというなぞらえです。

二度目は来るか。
それは、口をあけて待っているだけでは絶対に巡ってこないでしょう。
練習をしながら二度目のチャンスが来ることを狙っていこうと思います。


今回の代表選手の皆さんが、素晴らしい記録を残し、何にも代えがたい経験ができることを心から願っております。
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